福田豊BLOG『今日も明日もロックンロール!』

福田 豊

ライター

1959年東京生まれ。ライター、編集者。もともとは建築家であったが、ひょんなことから、出版界に移籍。『エスクァイア日本版』広告営業、編集部の後、現職。『LEON』『OCEANS』『ENGINE』『MADURO』などの雑誌を中心に、時計、クルマ、ファッション、旅などなど、男性のライフスタイル全般について執筆。

第5回:King Crimson 「Epitaph」 (1969年)

2016年12月13日
12月7日にグレッグ・レイクが死去。またひとり、ふくだのロックヒーローがいなくなってしまいました(涙)。

12月7日にグレッグ・レイクが死去。

キング・クリムゾンのオフィシャルサイト「Discipline Global Mobile Ltd」からのメールで知りました。

メールにはグレッグ・レイクへの哀悼の言葉とともに「Epitaph」の歌詞が掲載されていました。「Epitaph」はキング・クリムゾンの1969年のデビューアルバム『In The Court Of The Crimson King』のA面ラストの曲。


Confusion will be my epitaph. (混乱が我が墓碑銘になるだろう)


という一節が改めて哀しく心に響きました。

グレッグ・レイクは友人であったロバート・フリップに誘われてキング・クリムゾンの結成に参加。『In The Court Of The Crimson King』でベースとヴォーカルを担当しました。

しかしアルバム発表後のアメリカツアー中に、一緒にツアーしていたザ・ナイスのキーボーディストのキース・エマーソンから、新バンドをつくる計画をもちかけられる。そうして1970年に、アトミック・ルースターのドラマーであったカール・パーマーと、エマーソン、レイク&パーマー(ELP)を結成。ELPは世界的大成功を収めます。

そのためグレッグ・レイクといえば、ELPのほうを思い浮かべる方も、きっと多いのかもしれません。ですが、ふくだはグレッグ・レイクといえば、キング・クリムゾンのイメージが強い。そしてグレッグ・レイクの歌ったキング・クリムゾンの曲のなかでも「Epitaph」がとても好きです。

ただ、前記したように、グレッグ・レイクはキング・クリムゾンをすぐに脱退。1970年発表の2ndアルバム『In The Wake Of Poseidon』ではゲストヴォーカルとして参加しているものの、ライヴ活動をしていたのは1969年のみです。ですからグレッグ・レイクが「Epitaph」をライヴ歌ったのも1969年だけ。しかもその後のヴォーカリストとなったゴードン・ハスケル、ボズ・バレル、ジョン・ウェットンの誰も「Epitaph」をライヴで歌っていない。歌ったのかもしれないけど音源が残されていない。キング・クリムゾンの「Epitaph」はグレッグ・レイクの歌ったものだけなのです。

それだから、ふくだにとって「Epitaph」は、やはり「グレッグ・レイクの曲」という気が強くする。そしてそれだから、オフィシャルサイトからのメールが本当に哀しく胸に染みたのです。

なお、グレッグ・レイクの歌う「Epitaph」で公式にリリースされているのは1stアルバム『In The Court Of The Crimson King』のほか、1969年のライヴやイギリスBBCラジオのセッションを収録した4枚組『Epitaph』(最初は2枚組×2セットで発売された)が購入可能。

また、オフィシャルサイトの「King Crimson Collectors’ Club」より、ザ・ローリング・ストーンズのハイドパークでのフリーコンサートの前座を務めた際の演奏を収めた『Live In Hyde Park 1969』、イギリスのライヴハウス「マーキー」でのライヴの『Live At The Marquee 1969』、そしてアメリカツアーでの『Live At The Fillmore East 1969』(2枚組)が発表されています。

blogger :福田 豊

プロフィール

1959年東京生まれ。ライター、編集者。もともとは建築家であったが、ひょんなことから、出版界に移籍。『エスクァイア日本版』広告営業、編集部の後、現職。『LEON』『OCEANS』『ENGINE』『MADURO』などの雑誌を中心に、時計、クルマ、ファッション、旅などなど、男性のライフスタイル全般について執筆。

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