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WEB特集 精子を“もらう”“買う” 規制なく進む現実 | 医療

精子を“もらう”“買う” 規制なく進む現実



いま、子どもを持ちたいという人たちの中で、
精子を“もらう”、“買う”という手段を取る人が増えています。
精子がない「無精子症」に悩む人たちだけでなく、独身の女性も。
「第三者からの精子提供」、なぜ、彼女たちはこうした選択に至ったのでしょうか。(科学文化部記者 池端玲佳)


ネットで知り合った匿名の男性から精子提供

ツヨシさん、ユウコさん(仮名)夫婦は、精子の提供をインターネットで知り合った匿名の男性から受けて、去年、子どもを授かりました。

子だくさんの家族が理想で、結婚した後、すぐに妊活を始めましたが、なかなか妊娠しなかったため、検査した結果、夫のツヨシさんが「無精子症」だとわかりました。精子が全くないため、夫婦だけで子どもを持つことはできません。

「無精子症」は、男性の100人に1人いるとされています。

ツヨシさん
「自分に精子がないので、自分の遺伝子を残すのを諦めるしかないんだと知り、ショックでした。でも、大好きな妻の子を育てたい。わが子を出産したいという妻の願いは、私の願いでもありました」

夫婦は、学会に認められた医療機関で、第三者からの精子提供を受ける不妊治療を始めました。往復6時間かけ、10か月間毎月、治療に通いましたが、妊娠には至りませんでした。医療機関で提供された精子は、いったん凍結されていたもので、医師からは「妊娠率は5%以下」と告げられました。

このまま治療を続けたとしても、妊娠できないのではないか。

そんなとき、頼りにしたのがインターネットでした。
検索すると、精子を提供してもいいという匿名の男性が見つかり、連絡しました。翌月からは、妊娠しやすい時期を調べて男性と会い、直接精子を受け取るようになりました。

ツヨシさん、ユウコさんは自分たちが誰であるか明かさず、男性も誰であるか知りません。話してみると、信頼できると感じたと言います。精子から病気に感染しないか不安も抱きながら「少しでも妊娠できる確率が上がるなら」と思い、踏み切りました。

6回目の提供で妊娠、子どもが生まれました。

ユウコさん
「否定する人がいるのも分かるけど、そうまでしても自分の子どもを産みたい、育てたいという人がいることを知ってほしい」

第三者の精子を使った妊娠出産 1万人以上誕生

実は、第三者の精子を使って子どもを授かることは、70年以上前から国内で行われ、1万人以上が誕生していると言われています。これまでは、ボランティアの男性の協力で、日本産科婦人科学会が認めた12の医療機関のみで実施。子どもを持ちたいという夫婦の希望を叶えるために、認められてきました。

しかし、近年、こうして生まれた人たちから、自分の生物学的な父親が誰であるか知りたいという声が出てきています。一方で、提供者の中には知られたくないという声もあり、精子の提供は不足するようになりました。現在は12の施設のうち、少なくとも6施設が新規患者の受け入れを停止しています。

医療機関で行われてきた精子提供には、難しさや制約があります。

▼いったん凍結した精子を使って直接注入する「人工授精」という方法で受精させるため、妊娠率がおよそ5%と低い、
▼プライバシーの保護のため、提供した男性の情報は、血液型以外教えてもらえない、
▼対象は、無精子症などの理由で妊娠できない婚姻関係にある男女のみに限られていて、独身女性や同性カップルは対象外。

提供を受けられないケースもあり、医療機関を介さず、独自に精子を手に入れる人が増えているのです。

「支え合える家族がほしい」 海外企業から精子を購入

医療機関を介さない精子提供は、結婚にとらわれず、子どもを持ちたいという独身女性の間でも広がり始めています。

漫画家の華京院レイさんは、精子を海外の企業から購入し、5年前に子どもを出産しました。レイさんは、性的マイノリティで、男女どちらにも恋愛感情がありません。

レイさん
「結婚をすることは私にとっては現実的ではなかったです。でも、家族という特別な存在は欲しい。誰かの支えになって、誰かに支えてもらいたいと思いました」

レイさんは、独身のため、国内の医療機関での精子提供は受けられず、特別養子縁組で子どもを持つという資格もありません。アメリカの精子バンクで精子を購入することが、レイさんにとって妊娠する“唯一の方法”だったと言います。

レイさんが、精子を購入した企業のウェブサイトを見せてくれました。サイトでは、提供者の幼い頃の顔写真のほか、身長や、目や髪の色、血液型、学歴といった情報を見ることができます。

レイさんはアメリカ国籍の男性の精子を購入しました。輸送費も含めておよそ20万円を支払いましたが、出産に至りました。

娘は4歳になり、まわりとは違う生まれ方をしたことに戸惑わないよう、今から少しずつ話しています。レイさんは、世界地図が描かれたクッションを使って、娘にアメリカにもルーツがあることを教えています。

「いっちゃんの半分は日本。もう半分はどこでしょう?正解はここ、アメリカだよ」

レイさん
「好きでもない人と結婚して、男女のカップルの家庭を無理やり作るよりはいい選択肢だったと思います。いろんな生まれ方を認めてほしい。いろんな家族がいてもいいと思ってもらいたい」

いま、日本にも海外の精子バンクが進出。精子を購入する人が増えつつあります。

世界100か国以上に利用者がいるデンマークの精子バンクは、2019年3月、日本語の相談窓口を開設しました。去年11月時点で、すでに150人以上の日本人が精子を購入しているといいます。

デンマークの精子バンク日本担当者 伊藤ひろみさん
「精子バンクはもともと婚姻しているカップルのためにできたものですが、時代の流れとともに、利用者が同性カップルに広がり、現在は、世界的にも過半数が未婚の女性という状況になっています」

第三者からの精子提供 様々な課題も

こうした精子提供、日本国内では規制するルールはありません。現実として“もらう”、“購入する”が進んでいます。

安全性は

安全性は大丈夫なのでしょうか?

これまで医療機関で行われてきた精子提供では、HIVやC型肝炎、B型肝炎、梅毒といった感染症の検査が行われています。感染症には潜伏期間があるため、半年間あけて2回以上調べられます。また、海外の精子バンクでも感染症の検査が行われています。

しかし、SNSなどを介した個人間のやりとりの場合は、検査が行われないことが多く、母親や子どもが病気に感染するリスクがありますが、これを防ぐ手立てはありません。

出自を知る権利は

生まれた子どもが成長したときに、どう受け止めるかという問題もあります。

子どもが自分のルーツを知ることは「出自を知る権利」として、世界的には重要視されています。しかし、日本では医療機関を介したものでも、提供者のプライバシー保護のため、匿名で提供されています。生まれてくる子どもが、精子の提供者について知る権利は保障されていません。

ルールなし

さらに、SNSを通じた精子提供にはルールが何もありません。提供者が自分のことを偽って精子を提供することを防げず、提供を受けたあとにトラブルになることも考えられます。

ようやく始まった法整備 必要な制度は?

法的な整備も遅れています。

去年12月、「夫の同意のもと、第三者の精子を使った生殖補助医療で妻が妊娠・出産した場合、夫はその子どもの父親であることを否認できない」と定めた民法の特例法がようやく成立しました。精子提供で生まれた子どもは、原則として、婚姻関係にある父親の子どもだというルールです。

来年の年末までにさらなる法整備を行うため、超党派の議員連盟が発足し、医療機関で精子提供を受けられる対象をどうするか、精子の売買を認めるか、出自を知る権利を認めるかなどについて協議が進められようとしています。

生殖医療の倫理の問題に詳しい専門家は、次のように指摘します。

埼玉医科大学 石原理教授
「生まれてくる子どもの福祉の観点から、出自を知る権利は法律で認めるべきだ。その上で、生まれた子どもが何十年先であっても出自を知る権利を行使できるよう、長期的に情報を管理する公的なシステムが必要だ」

たとえば、イギリスでは、誰から提供されたのか、公的な機関が提供者の同意の下で、提供者の情報を一元管理する仕組みが作られています。

子どもが18歳になったときに、子どもが希望すれば、提供者の氏名や生年月日、住所などの身元が特定できる情報が開示されるということです。

国内初の精子バンクも設立

こうした中で、国内でも、医療機関で安全に精子提供を受けられる人を増やそうという動きが出てきました。初めて、第三者からの精子を保存するバンクが、6月に立ち上げられました。

獨協医科大学の岡田弘特任教授が設立し、提供者を募集しています。

精子の提供者は、20歳から40歳までの治療に理解のある国内の医療関係者などに限定し、感染症の検査を行った上で妊娠する確率が高いとみられる精子を選んで、日本産科婦人科学会が認めた医療機関に送るとしています。

また、精子の提供者が自身の情報を治療を受けるカップルに開示するかどうか選択できるようにして、「出自を知る権利」にも配慮したいとしています。

生まれてくる子どもが自分のルーツを知ることにはまだハードルがありますが、その権利に目が向けられるようになってきています。

家族の形が多様化し、精子提供で生まれてくる子どもたちは今後も増えていくとみられます。子どもを持ちたいという親の思いをどう尊重するか、それになにより、生まれてきた子どもが不利益を被らないようにするにはどうすればよいか、考える必要があります。

科学文化部記者
池端玲佳
平成22年入局
金沢放送局などを経て
平成28年から現職
生殖医療や周産期医療を中心に取材しています。

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