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バイデン政権の柱となった〈デモクラシー〉:ザ・大統領戦2020(35)池田純一連載 | WIRED.jp

多くのジャーナリストが胸をなでおろしている

2021年1月20日にジョー・バイデンがアメリカ大統領に就任して以来、すでに2カ月が過ぎた。この間、アメリカの空気はだいぶ変わった。バイデンは、選挙戦を争っていた頃から、アメリカを「正しい道(right track)」に戻すことを約束していたが、どうやらその公約は果たされつつあるようだ。

少なくともホワイトハウス周辺には落ち着きが戻ってきた。もう早朝の大統領ツイートによる唐突な発言で人びとが右往左往されることはなくなった。バイデン政権の対外的なコミュニケーションは、基本的にジェン・サキ報道官が務めており、バイデンはここぞというときに談話やコメントの形でメディアに登場するのにとどまっている。

報道関係者に対してブリーフィング中のジェン・サキ報道官。ALEX WONG/GETTY IMAGES

もちろん、1月6日に起こった連邦議事堂襲撃事件の一件で、トランプ前大統領がTwitterやFacebookからアカウントを凍結されたことも大きい。実際、退任後、トランプのヴィジビリティは著しく下がった。メディアが彼を取り上げるのは、2月末に開催されたCPAC(Conservative Political Action Conference:保守政治行動会議)のように、何かしらのイベントがあった際にトランプが姿を見せたときくらいだ。改めて大統領という職務こそが報道の中心であったことを痛感させられる。

最高権力者の一挙手一投足は、常に様々な解釈に開かれおり、それゆえ他者の行動をしばしば左右する。その点で、大統領は存在そのものが政治である。だからこそ、大統領のメディア露出は使い所が難しいと見られてきた。大統領スタッフにコミュニケーション・ディレクターなる役職があるのもそのためだ。ディレクター=監督として、日々の大統領劇のメガホンを握るのだ。そうした常識を覆し、ぶっつけ本番のジェットコースター劇に変えたのがトランプであり、その舞台がソーシャルメディアだった。一度目を止めたら、そのまま見続けるしかなく、目をそらすことなどできない。

だとすれば、ソーシャルメディアによるトランプの常時露出は、人びとを常にハイに、一種の酩酊状態に陥らせていたに違いない。皮肉なことに、そのことを最も強く感じていたのが報道の最戦前に立つジャーナリストたちだった。バイデン政権が発足して以後、多くのジャーナリストがそのような安堵感や解放感を思わず吐露する記事や場面をいくつも見かけた。ホワイトハウスが落ち着きを取り戻してくれたことで、一番ホッとしたのが彼らだ。多くのジャーナリストが胸をなでおろしている。

もっともその結果、ニュース番組の視聴率やニュースサイトのPVが下がっているのだからやりきれない。確実にトランプは報道をエンタメにした。だが、彼の退場により、報道スタイルもトランプ以前のかしこまったものに戻り、報道対象も以前のように政策や法案、社会問題を報じるものに戻った。結果、ニュースの中身が拡散した感は否めない。トランプのような明確な焦点がなくなり、日々のアメリカ政治を継続的に追うためのフラグが消えてしまった。結果が視聴率/PVの低下である。

政治に関心を集めるには、特定の政治家の言動に注目を集めさせるのが手っ取り早いということも明らかになった。裏返すと、自分の売り込みに長けたセレブリティが、容易に政治家候補となれる時代なのだ。トランプは確かに退任したが、トランプが示したソーシャルメディア時代の勝利の方程式を活用する人物は、今後も続くことだろう。ポピュリズムの扱いは、メディアや政治が取り組むべき課題として積み残されたままである。

Rescue(救済)、Jobs(仕事)、Families(家族)

とはいえ、当面のところ、バイデンのホワイトハウスになったことで、メディアやジャーナリズムとの関係は良好なものに戻りつつある。バイデンは、就任演説の際に、デモクラシーが勝利した、と語っていたが、彼にとって、ジャーナリズムが正常に機能している状態もまた、デモクラシーのあるべき姿のひとつということなのだろう。

そして、どうやらこの「デモクラシー」という言葉が、バイデンのプレジデンシー(大統領としてのあり方)を理解していく上でのキーワードのようである。

アメリカのデモクラシーを語る際に重要なのが“We the People”という言葉だ。デモクラシーの主体は人びとであることを示している。それは就任後、大統領選中にスローガンとして掲げた“Build Back Better”に応える形でバイデン政権が立て続けに打ち出した、巨大な財政出動を伴う一連の政策パッケージにも見て取れる。Rescue(救済)、Jobs(仕事)、Families(家族)を冠した政策は、その言葉通り、いずれも有権者の視点に立った形で、経済政策や産業政策、社会政策がパッケージされたものとなっている。

まず、コロナ禍のために窮乏させられた人びとを対象とした経済支援策であるAmerican Rescue Plan(ARP)だが、これはバイデンが大統領に就任する前の2021年1月14日にすでに提案されていたものだ。

American Rescue Plan(ARP)の実施について講演中のカマラ・ハリス副大統領。BLOOMBERG/GETTY IMAGES

1兆9000億ドル──アメリカのGDPの9%に相当する──の予算を求めたこの救済策は2021年3月11日に、American Rescue Plan Act of 2021として成立した。1兆9000億ドルのうちのおおよそ半分の9000億ドルが中低所得者層に向けた所得支援にあてられる。具体的には、現金給付、失業給付、教育費支援などからなる。ARPの中には州政府や大都市政府への支援も含まれる。ニューヨークやカリフォルニアなど民主党が政治の実験を握っているブルーステイト/ブルーシティの支援となることは行わないという党派的理由から、トランプ政権時代には見送られていたものだ。

こうしてARPによって、経済的落ち込みを回避するための下支えを行う一方で、コロナ対策としてのワクチン接種策にも力を入れている。新薬開発は製薬会社の役割と割り切り、連邦政府の役割は、その開発されたワクチンを、いかに迅速かつ公平に国民に行き渡らせるか、つまり、ロジスティックスにあると捉え対策を講じている。

CDC(米国疾病予防管理センター)によれば全米で、少なくとも1回のワクチン接種を受けた者は2021年4月13日の時点で1億2230万人(アメリカの総人口の37%)に達している。つまり、おおむね日本の総人口にあたる人びとがすでに接種を終えている勘定だ。なお、「少なくとも1回」というのは、ワクチンによっては2度目の接種が必要になるためだ。血栓問題などワクチンに関する問題も生じてはいるものの、目下のところワクチン接種の拡大が最優先事項となっている。

こうした施策は、端的に原状回復のための政策であるが、その上で、アメリカ市民の未来への不安を取り除き、同時に、アメリカの威信・覇権を回復させるために、大々的なインフラ改革に着手する決断が下された。それが経済対策としてのAmerican Jobs Plan(AJP)だ。3月31日に発表されたこのAJPも2兆ドルにのぼる巨額のインフラ投資計画であり、これから連邦議会での審議を経て成立を狙っている。

AJPでは、道路や橋、電力網などの「既存インフラの修繕」と、ブロードバンド網の整備や代替エネルギー設備の配備など、未来の産業化を睨んだ「新規インフラの整備」が提案されている。これらは、従来通りの物理的実体を伴う施設としてのインフラだ。

だが、AJPの目玉はこうしたインフラ概念そのものの拡張にあり、新機軸として「ヒューマン・インフラストラクチャー」を提起した。つまり、サービス産業を担う人間を育てる仕組みもまたインフラとして扱われる。これは、産業構造のソフト化、サービス産業化に向けて、ヒューマン・キャピタルを増強することを目的としたものだ。情報経済やデジタル経済が当たり前になっていく中で、人間自身もまた産業インフラの一部となっていくことへの対応策といえる。

この「ヒューマン・インフラストラクチャー」の部分については、従来の労働政策や教育政策の焼き直しに見えるという理由から共和党が難色を示している(労働組合や教員組合は古くからの民主党の支持母体である)。だが、バイデンもそのことを自覚しており、共和党議員との間で交渉することも厭わないと公言している。その上で、このAJPの後には、社会政策としてAmerican Families Plan(AFP)が続く予定だ。

AJPでは、代替エネルギー開発に力を入れたり、ヒューマン・インフラストラクチャーという新カテゴリーを立てたりと、挑戦的な政策が並んでいる。さらにこれらに加えて、トランプ政権時代に先鋭化した、投票権、移民、銃規制、警察改革、ホームグロウンテロ対策、社会正義改革などの諸問題も控えている。

そのため、実際に政権が始まってみれば、バイデンの政策は、当初想定されていたよりも「プログレッシブ」、つまり、民主党内でいえばより革新寄りの政策になっているとの評価が上がってきている。この点でバイデンを、世界大恐慌時代のアメリカの舵取りをしたフランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)になぞらえる報道・論説も増えてきた。Build Back Betterは、バイデン版のNew Dealのことなのだ。

たとえば先ほど触れたBuild Back Betterの3政策に含まれる“Rescue”、“Jobs”、“Families”は、有名なFDRの3つの“R”、すなわち“Relief”、“Recovery”、“Reform”のバイデン版であると評する報道は多い。もっともバイデンのスタッフは、FDRの「3つの“R”」を狙って名付けたのだろうが。

違いがあるとすれば、FDRが、アメリカという「国」の「安堵(Relief)」、「回復(Recovery)」、「改革(Reform)」を目指していたのに対して、バイデンの“Rescue”、“Jobs”、“Families”はあくまでも、一人ひとりのアメリカ「市民」の生活に焦点を当てているところだ。

そうしたところも、バイデンの強調する「デモクラシー」のための視点といえる。個々人のアメリカ市民が安心して生活できない限り、人びとの政治参加からなるデモクラシーは立ち行かないという態度表明でもある。

「インセンティブの経済学」から「インイクオリティの経済学」へ

FDRが1929年の世界大恐慌に対処するために連邦政府の役割を大きく変えたように、バイデンは、コロナ禍という国難に対処するために連邦政府の役割を再定義しようとしている。それは結果として、1981年のレーガン大統領の就任以来40年間続いた、市場メカニズムに信頼を寄せる小さな政府路線からの転換を意味することになった。「小さな政府」から「大きな政府」への回帰だ。

これは同時に、政治が経済を主導するという点で「政治の時代の復権」も意味している。つまり、経済ばかりを重視せず、経済学やエコノミストばかりを政策の水先案内人としてもちあげるのをやめる。レーガン登場以降、経済学のバズワードとなってきたゲーム理論やメカニカルデザイン、マーケットデザインといった、インセンティブの振り分け方を工夫することで首尾よくマーケットを立ち上げ稼働させ続ける、という発想を必ずしも優先しないということだ。

こうした政治への転換の発端は、レーガノミクスの内破を明確にした2008年のリーマンショックだった。経済言説上の転機は、2010年代前半に世界的ベストセラーとなったトマ・ピケティの『21世紀の資本』(原書の出版は2013年)。いわゆる「1%対99%」の資産格差の指摘は、本にまとまる前の段階で2011年のOccupy Wall Street運動にも影響を与えた。それ以降、2010年代を通じて経済学の関心も変わっていった。その変化にようやく政策レベルで追いついたのがバイデン政権ということだ。

そもそも気候変動問題は、マーケットを通じた経済活動自体が生み出している問題ともいえる。もちろん、排出権取引のようなマーケットメカニズムを活用した対策も提案されてきたが、エネルギーの確保パラダイムの転換を含めて、経済学の論理の外側からも解決を模索することが志向されるようになった。政治による解決が図られる頃合いと見られるようになったわけだ。

それに合わせて経済政策の焦点も、レーガノミクスの頃から浮上した「インセンティブの経済学」から、「インイクオリティ(不平等)の経済学」へと移行しつつある。インセンティブを操作することでマーケット内の取引対象の流動化を起こし、相応のゆらぎが生じたところで最適化を図るという、いわば既存資産の「やりくり」の論理だけでは、結局のところ、根本的な解決策には至らない。「不平等」の扱いには、経済学以外あるいは経済学以前の知恵として、社会科学や人文学の知恵が必要になる。Black Lives MatterやMeTooといった運動が浮上し、レイシズムやセクシズムという言葉が政治の世界で頻繁に聞かれるようになったのも「経済学以前」の社会的条件に注目が集まってきたことを表している。政策科学ではなく政治に関心が集まるのも、実践的知恵としての総合性が思い出されたからといえる。

バイデン政権における、こうしたインセンティブからインイクオリティへの経済学的関心の変化を象徴するのが、大統領経済諮問委員会(CEA)委員長に就任したセシリア・ラウズ(プリンストン大学教授)。黒人女性初のCEA委員長となった彼女の専門は労働経済学であり、経済の問題は必ずしも経済学だけでは解決できないことを表している。

娘たちともにCEA委員長の宣誓式に臨むセシリア・ラウズ。CHIP SOMODEVILLA/GETTY IMAGES

テラフォーミングをめぐる中国との開発競争

もう一つ、バイデン政権の政策を考える上で重要な存在が中国だ。EVや代替エネルギーといった新たなインフラ整備を計画する上で、つまり、今後の経済政策や産業政策を考える上で想定されている競争相手=ライバルが中国なのだ。かつて米ソで繰り広げられた宇宙開発競争にならえば、中国との間で、いわば地球自身に向けられたテラフォーミングの戦いが生じようとしている。

インフラ再投資も、気候変動問題への対処も、代替エネルギー開発も、そうした課題に対する具体的解決策の有無が、国際的な覇権の掌握の上で重要な国力のプレゼンテーションになると考えられるようになったことから注目を集めるようになった。その点では、現在進行形で進められている宇宙開発競争すら、テラフォーミングをめぐる争いの一つと捉えることもできる。

地球と対峙できる、こういってよければ、地球と自力で戦うことのできる国が、21世紀の覇権を握るという認識だ。気候の変化は、国境の存在などおかまいなく、地球上を循環する。したがって、気候変動に対処することのできる国は、国境の外の世界の動きにも注力し続けるという点で、自然と帝国的な発想に至る。少なくとも当初から外交的な視点を取り込むことになる。

テラフォーミングにおける優位性の程度が、技術力、経済力、軍事力などの優位性を横断的に示す指標となる。テラフォーミングには、科学技術や産業技術の総合力が必要とされるためだ。20世紀の後半では、宇宙開発競争の過程で生まれた新技術がイノベーションを刺激し民生品にまで至った結果、社会のありようを変えていった。その再来も期待されている。

バイデンは、こうした国家間の開発競争の意義を語る際にもデモクラシーを強調する。権威主義的体制の中国のカウンターとして、アメリカをデモクラシー諸国の盟主として位置づけ、中国とがっぷり四つに組む争いに取り組もうというわけだ。そうして広くアメリカ市民に「民主主義の守護者」としての役割を再確認させようとする。

冷戦時代の宇宙開発競争は、米ソ間での「自由主義vs共産主義」の一種の代理戦争として国威をかけた競い合いであった。それと同様に、米中間のテラフォーミング開発競争を「民主主義vs権威主義」の政治システムどうしの対決として位置づけようとする。中国が市場経済を導入している以上、自由主義を対抗軸に据えるのは難しい。代わりに掲げられるのが「デモクラシー(民主主義)」ということだ。バイデン政権を象徴する言葉がデモクラシーである、というのはこういう意味でもある。冷戦時代の「自由主義を守るため」に代えて「民主主義を守るため」に一致団結する。競争心をもつことが、個々人に対しても社会に対しても平穏を与えるアメリカらしいナラティブだ。

すでに、冷戦時代に米ソ間で繰り広げられた宇宙開発競争と同様の技術開発戦争の火蓋が切って落とされている。開発を競い合う分野は、量子テクノロジー、バイオテック、AI、ロボティクス、EV、代替エネルギーなど多岐にわたる。量子テクノロジーには、それを用いた未来のインターネットである「セカンド・インターネット」の立ち上げも視野に入れられている。

あるいは、次代の基軸通貨を目指したデジタルカレンシーの動きも生じている。国際通貨としてデジタル元を広めることで、基軸通貨としてのドルの地位に挑戦しようとする動きだ。

VCG/GETTY IMAGES

世界中に中国人を観光客として送りだしその地でデジタル元での決済を広めていくことが、観光消費行動を通じたデジタル元の普及策なのである。

このようにバイデンのBuild Back Betterの具体策は、内政だけでなく外交的意味合いも帯びている。

バイデンによるセルフ「スクラップ&ビルド」

興味深いのは、インイクオリティ(不平等/格差)への対処にしても、中国のライバル視にしても、トランプが、レーガン以降、共和党か民主党かを問わず、ワシントンDCの常識となっていたマインドセットを破壊した結果を、ある意味で引き継いでいるところだ。政治が、今ある政局を足場にして次に進むしかないものであることをよく表している。

レーガン登場以後の政策の立法化に上院議員時代のバイデンが関わっていたことを思い出せば、大統領になったバイデンが今行っていることは、彼自身が成し遂げてきたことの全否定、いわば「スクラップ&ビルド」を自分自身の手で行っているようなものだ。

ただ皮肉なことに、こうしたバイデン2.0というべき自己破壊も、トランプが先にワシントンDCの常識をひっくり返していたからこそ可能だったともいえる。そもそもバイデンが昨年の大統領選で勝利できたのも、反トランプ、という大きな流れがあったからだった。もしもバイデンが、2016年に大統領選に立候補していたら、このような結果にはなっていなかったかもしれない。予備選でヒラリー・クリントンに敗退してそのまま引退を選んだかもしれない。仮に本選で勝利したとしても、大統領としてはオバマ路線をそのまま引き継ぐにとどまり、ちょうどジョージ・H・W・ブッシュがレーガンの後を引き継いで1期で大統領を終えたのと同じような展開が待っていたのかもしれない。

その意味では、バイデンが「トランスフォーマティブ」な政策を打ち出せるのも、ヒラリーの敗退からトランプ政権時代に、それまでくすぶっていた様々な問題(経済的/政治的/社会的)がいったん噴出した後だからといえそうだ。

そうした歴史のめぐり合わせには、バイデンもどうやら気づいているようで、それは、彼が「バイパーティザン(超党派)」の意味を微妙にずらしてきているところにも見て取れる。

従来、「バイパーティザン」という言葉は、議会や行政府などでの政治の専門家の間での協調行動を意味していた。だが、バイデンはこの言葉を、有権者からの支持、すなわち、民主党支持者、インディペンデント(独立派/中道派)、共和党支持者からの党派を超えた支持のことに読み替えている。「コンシューマリズム(消費者主義)」ならぬ「ヴォーターリズム(Voterism)」。有権者主義の時代が訪れたのだ。

大統領が応えるべきは、アメリカ市民=有権者であって政治家ではない、という態度だ。連邦議会の上院・下院の党派性は横に置き、共和党支持の有権者や、共和党の州知事、市長たちから支持があるかどうかを基準にする。市民の声に直接応えるという点では、この路線もトランプが開いた道にバイデンなりに応じたものといっていいのかもしれない。

もちろん、こんなことが言えるのも、上院が民主党と共和党で50対50のイーブンな議席配置になり、ギリギリのところで民主党がマジョリティ(多数派)を名乗ることができたからなのだが。だが、そうして民主党議員だけで通過した法案も、人びとが支援を求めているという「民の声」に応えたということで「バイパーティザン」だと主張し──共和党からすれば「強弁」し──事実として現実を積み重ねていこうとしている。

Build Back Betterの3政策であるARP、AJP、AFPを推し進める上で最大の障害は財源の確保であり、これをバイデンは増税で賄おうとしているのだが、その社会的合意も、先ほどの「バイパーティザン」の理解で突破しようとしている。このあたりは、むしろ、「民の声」を重視して、公民権法や投票権法を通過させたリンドン・B・ジョンソン(LBJ)大統領に近い。LBJ同様、上院議員時代が長かったバイデンだからこそ効く議員としての嗅覚なのかもしれない。

1965年、投票権法についてマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(右)と意見を交わす第36代大統領のリンドン・B・ジョンソン。HULTON ARCHIVE/GETTY IMAGES

このようにバイデン政権が目指しているのは、大統領選就任後の「最初の100日(The First 100 Days)」でどこまで行けるか、である。The First 100 Daysは、新政権の行方を占うための初速を得る期間として、そして、その政権の性格・特徴を決める期間として注目を集める。生まれたての政権の輪郭を定め、顔が作られるときだ。

このままでいけば、その顔はFDRの再来、ということになりそうだが、果たしてうまくいくのか。100日目となる5月1日まで何がなされるのか。期待したい。

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